大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和48年(行ウ)12号 判決

神奈川県川崎市高津区明津八番地

原告

株式会社八千代建設

右代表者代表取締役

大泉光敏

右訴訟代理人弁護士

鵜志郎

同県同市同区溝ノ口四〇六番地

被告

川崎北税務署長

城下達彦

右指定代理人

藤村啓

室岡克忠

今関節子

高梨鉄男

渡部渡

棚橋勉

白井文彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対し、原告の昭和四五年三月一日から昭和四六年二月二八日までの事業年度分法人税について、昭和四六年一一月三〇日付でなした更正処分および過少申告加算税賦課決定処分のうち、所得の金額九、四〇八、五五一円、法人税額三、二四九、四四〇円、過少申告加算税額六、八〇〇円をそれぞれ超える部分を取消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (課税処分等)

原告は、川崎市高津区明津八番地に本店を置き、土木建築請負業を目的とする株式会社であるが、昭和四五年三月一日から昭和四六年二月二八日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)分法人税について、別表の確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告は、同表の更正・賦課決定欄記載のとおり更正処分および過少申告加算税賦課決定処分(以下「原処分」という。)をした。

そこで、原告は、被告に対し別表の異議申立て欄記載のとおり異議申立てをしたが、同被告は、同表の異議決定欄記載のとおりこれを棄却する決定をしたので、原告は、さらに国税不服審判所長に対し同表の審査請求欄記載のとおり審査請求をしたところ、同所長は、同表の審査裁決欄記載のとおり原処分の一部を取消す裁決をした。

2  (違法事由)

しかしながら、右裁決を経た後の原処分(以下「本件更正処分等」という。)も、原告の本件事業年度の所得の金額の計算について、原告が横浜市港北区南綱島町六六〇番地所在、株式会社港北興産(以下「港北興産」という。)に対して有する建築工事請負代金債権金八、五四七、三〇〇円(以下「本件請負代金債権」という。)が回収不能となったので、確定申告においてこれを貸倒損失とし損金の額に算入したのを否認し、その結果、原告の所得の金額として右債権額相当分を過大に認定した点において違法であり、取消しを免れない。

3  よって、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は、本件請負代金債権が回収不能となった、との点を除き認めるが、本件更正処分等が違法であるとの主張は争う。

三  被告の主張――本件更正処分等の適法性

原告が本件更正処分等のうち違法であるとして争う、本件請負代金債権の損金算入否認の根拠は、次のとおりである。

1  原告は、昭和四四年八月頃港北興産から横浜市港北区南山田町四二七四番地の宅地に建売住宅(以下「本件建売住宅」という。)八棟建築すの依頼を受け、港北興産との間で原告を請負人とする建売住宅建築工事請負契約(以下「本件請負契約」という。)を請負代金九、五四七、三〇〇円で締結したので、昭和四五年二月頃右建売住宅の建築を完了して港北興産に引渡し、その間の同年一月に内金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領した。

ところが、昭和四六年二月頃に至り、港北興産が無資力の状態となったこと等の事由により、原告は本件請負代金債権を回収不能であるとして、本件事業年度の貸倒損失として確定申告において損金の額に算入したのである。

2  ところで、法人の有する売掛金等の債権が債務者の弁済能力喪失により回収不能となった場合、課税所得の計算上、右債権が貸倒損失として損金の額に算入されるのは、その回収不能が確定的になった場合に限られ、かつ、貸倒れとなった日の属する事業年度の損金とされるのである。(昭和四四年五月二四日大阪地方裁判所判決行裁例集二〇巻六七五頁等参照)。

3  そこで、原告が本件請負代金債権を貸倒損失として損金処理した昭和四六年二月頃の港北興産の資産状況、営業活動等についてみると、当時港北興産は、土地建物等を含む多額の資産を有し、その資産の価額は負債の額を上回っていたものであり、不動産売買仲介業を営むほか、喫茶店および美容院を経営し、昭和四六年二日末を決算期とする一事業年度(一年決算)の売上金額は、およそ七、〇〇〇万円に達し、原告以外の債権者に対する買掛金等の支払は通常どおりの決済が行なわれており、平常に事業活動を行っていた。

さらに、昭和四六年二月以降における港北興産の営業活動等について付言すると同社は、引続き積極的に宅地売買を行い、同年三月から昭和四七年五月頃までの期間における宅地分譲による収入金額は約四、〇〇〇万円に達している。

右の事実からみて、昭和四六年二月頃港北興産が無資力の状態となり、本件請負代金債権の回収不能が確定的となった、との事実はとうてい認められない。

4  よって、本件請負代金債権の損金算入否認は適法であり、したがって、また本件更正処分等は適法である。

四  被告の主張に対する認否と原告の反論

1  (認否)

(一) 被告の主張1の事実は認める。

(二) 同3の事実は否認する。

2  (反論――本件請負代金債権の損金算入の相当性)

(一) 本件請負契約において、請負代金九、五四七、三〇〇円は、建て前完了時と工事完了建物引渡時とに各半額宛支払われる約定であったにもかかわらず、港北興産は右約定に反し、うち一〇〇万円を支払ったのみで、建物引渡し後も本件請負代金債権である右残代金八、五四七、三〇〇円の支払をしないので、原告は、再三にわたり港北興産に対し本件請負代金債権の支払を請求したが、港北興産の代表取締役藤原初夫(以下「藤原」という。)はその所在を全く明らかにせず、港北興産の任意の履行を期待することができない状態であった。

(二) のみならず、原告が港北興産について調査したところ、右藤原は、港北興産の代表取締役の地位を利用して同社を全く私物化し、港北興産名義の取引による利益を藤原個人のものとし、右取引による債務はこれを港北興産に帰属せしめ、ついに昭和四六年二月末日頃には港北興産を全く無資産無資力の状態に陥れていたことが判明した。

したがって、被告主張の如く、昭和四六年二月末日当時港北興産が会計帳簿上収益を計上していたとしても、それは真実に合致しない仮装の計理であり、また、港北興産の買掛金等の支払も右藤原個人に私的利益をもたらす一部取引先に対してのみこれをなしていたに過ぎず、さらに、港北興産名義の土地建物が存在していたとしても、真実は藤原個人の所有であって同人が便宜上、一時的に会社名義としていた仮装のものに過ぎないものである。

(三) 右のような港北興産の状況からして、原告は、現実に差押あるいは破産の申立等の結果をまつまでもなく、本件請負代金債権が昭和四六年二日末日の時点において債務者港北興産の無資力等、前記の事由により回収不能となったものと判断し、これを本件事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入したものであるから、右損金算入を否認した本件更正処分等は違法であって、取消を免れない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一ないし五、第六号証の一ないし四、第七号証の一ないし四、第八号証の一ないし五、第九、第一〇号証、第一一号証の一ないし八、第一二ないし第一四号証。

2  原告代表者。

3  乙第二号証の一ないし六の成立はいずれも官署作成部分を認め、その余は不知。その余の乙号各証の成立は認める。

二  被告

1  乙第一号証の一ないし三二、第二号証の一ないし六、第三号証の一、二、第四号証の一ないし六、第五号証の一ないし四、第六号証、第七号証の一ないし四、第八号証、第九号証の一ないし四、第一〇号証、第一一号証の一、第一一号証の二の一、二、第一一号証の三、第一二、第一三号証。

2  証人山崎信男、同高梨鉄男。

3  甲第五ないし第八号証の各証の原本の存在および成立はいずれも不知。その余の甲号各証の成立は認める。

理由

一  請求原因中、本件請負代金債権の回収不能の点を除くその余の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本訴の争点である本件更正処分等における本件請負代金債権の損金算入否認の適否、について検討する。

1  被告の主張(本件更正処分等の適法性)1の事実は、当事者間に争いがない。

2  ところで、法人が、各事業年度の所得の金額の計算上、その有する売掛金等の債権を債務者の弁済能力の喪失等の事由により、貸倒損失として損金の額に算入することができるのは、当該事業年度中において当該債権の回収不能が確定した場合に限られる、と解するのが相当である。

3  そこで、本件について、右の観点から、本件請負代金債権が回収不能であるとして損金処理した本件事業年度末頃、すなわち、昭和四六年二月頃における債務者港北興産の資産状況、営業状況等、その支払能力についてみることとする。

(一)  成立に争いのない甲第四号証の二、第一〇号証、第一一号証の一ないし八、乙第一号証の一ないし三二、官署作成部分についてはその成立につき当事者間に争いがなく、その余の部分については証人山崎信男の証言および弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二号証の三ないし六、ならびに前出山崎信男の証言を総合すれば、次の事実が認められ、ほかにこの認定を左右するに足りる証拠はない。

港北興産は、本件建売住宅(土地付)八棟を昭和四四年一一月頃から翌四五年四月頃にかけて売却済みであること。港北興産は、昭和四五年三月一日から昭和四六年二日二八日までの事業年度分法人税について黒字の所得の金額をもって確定申告していること。その確定申告書添付の貸借対照表の記載によれば、資産の総額は負債の総額を上回っていたこと。港北興産は、昭和四六年二月当時横浜市港北区新吉田町字四つ家前に約一、四〇〇平方メートルに及ぶ、何ら抵当権等の負担のない土地を所有していたこと。原処分庁の係官が調査のため港北興産に赴いた昭和四六年九月の時点においても、同区南綱島町六六〇番地に不動産売買仲介の営業所を置き、前記新吉田町の土地を昭和四六年中から翌四七年にかけて逐次、売却する等の営業活動を行っており、また、物件広告、顧客の出入、従業員の応対状況等の外見からみても通常の営業状況であることが窺えたこと。また、そのほか右営業所の付近で美容院および喫茶店も経営していたこと。原告以外の債権者に対する買掛金等の支払は普通になされていたこと。

(二)  原告は、「港北興産の会計帳簿類は仮装の計理であり、同社名義の土地等も真実は代表取締役藤原個人の所有であって同社の所有ではなかった。また、買掛金等の支払も右藤原個人に私的利益をもたらす一部取引先に対してのみなしていたに過ぎない。」旨主張するが、全立証によっても右事実を認めるに足りる証拠はない。

4  右認定事実によれば、原告が本件請負代金債権を損金処理した本件事業年度末である昭和四六年二月当時においては、港北興産は支払能力を有しており、本件請負代金債権は回収不能ではなかったことが明らかである。

なお、原告の主張するように、港北興産の代表取締役藤原が原告にその所在を明らかにせず、任意の履行が期待できない状態であったとしても、その一事をもって、本件請負代金債権が回収不能である、ということができないことはいうまでもない。

三  以上のとおり、本件請負代金債権の損金算入否認は適法であり、したがって、本件更正処分等は適法であり、原告の本訴請求は失当あるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤廣國 裁判官 龍前三郎 裁判官 川勝隆之)

別表

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例